書籍:ぎりぎり合格への論文マニュアル

今般は、「ぎりぎり合格への論文マニュアル」という本を読んでみました。

といっても、近々、論文を書く機会があるわけではありませんが、
大学の時に書いた卒論を思い出す度に、「なんて稚拙な内容だったんだろう」という
残念な思いに駆られるので、今更ながらその反省と、何か一つでも仕事等に
活かせるヒントがあるんじゃないかという期待も兼ねて読んでみました。

著者は、

^^^^(以下、本書抜粋)^^^^^^

「論文」というのは、エッセイでも感想文でも論説文でもない。いくら世紀の大発見となる
内容が書いてあっても、論文の形式に収まっていなければ論文ではない。
言い換えると、論文の形式になっていない文章は、「論文以前」であり、論文として受理されず、
したがって、審査されず、突き返されることになる。
イタリア料理店でパスタを頼んで、かけそばが出てくれば、いかにおいしいかけそばで
あろうと突き返されるのがオチである。
ところが、論文の場合でも、「かけそば」を提出する人間がかなりいる。
「こんなにおいしくてどうしてダメなんですか」と言われても困る。
論文の形式に収まっていないのは、論文ではないのだ。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

ということで、本書では、論文形式となる最低限の知識・条件・テクニックを、
知的でウェットに富んだ語り口で解説してくれますので、単なるHow to本の枠を超えて、
読み物としても肩の力を抜いて楽しく読む事が出来ました。

ちなみに、私が書いた卒論は、色々な研究書や論文の寄せ集め・切り貼り的な装いで、
このブログ(総務&法務担当の部屋)と同様に、ほとんどが他者の書いた本の引用で
成り立っていましたが(笑)、この例に漏れず、今回の記事にも参考になった記述を
備忘の為に以下につらつらと書き留めておこうと思います・・。

^^^^(以下、本書抜粋)^^^^^^

「論文の《結論》のオリジナリティに気をつけなければならないのは、
 論文を書くプロ(学者)だけである。」

「論理的考察を踏まえない実地調査は中身がないし、実証を伴わないで理論や研究書だけで
 書いた論文は盲目的であるし、盗作である。」

「論文を書くとは、本を読んで、本の内容をまとめることではない。」

「パソコンを筆記用具の一つと軽く考えてはならない。指に考えさせるために必須のルールだ。」

「論文とは、何よりも最初に問題設定をして、しかもその問題設定を答えの出るように
 整えることに始まる。その次に、問題設定に答えるように論旨を進めていく事が
 大事になってくるが、その際、展開される内容=論文の文体は、他の人が再検証したり、
 吟味できるものになっていなければならない。」

「ムダな文章はどんどん削れ」

「書くことがなくなったら引用を増やせ
 引用の多い文を書け、ということではない。書くことがないといことは、
 たいてい「ガス欠」の状態である。いろいろ本を調べてノートに取ることは、
 ガソリンを補給することだ。場合によっては、論文にも引用として使えるし、
 頭を整理することにもつながる。頭が動かないときは、大事だと思ったところを、
 「写経」の精神で写すのも大いに意味がある。」

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

<目次>
第1章 論文は楽しい
第2章 論文の基礎知識
第3章 論文を書く段取り
第4章 論文を書いている間の作業
第5章 論文の仕上げ
第6章 論文執筆あれこれ

ぎりぎり合格への論文マニュアル (平凡社新書)ぎりぎり合格への論文マニュアル (平凡社新書)
(2001/09)
山内 志朗

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